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    Twitterで研究費は集められるか

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    – 申請書からの解放 –

    研究費を確保するため、競争的資金を得ようとする。研究計画を申請書にしたため、その分野の権威が審査し、学術的な重要性や研究方法の妥当性などを評定、採択テーマが総合的に判断される。日本では科研費が発足した100年以上前から続く営みだ。

    しかし、これがすべてではない。国や独法以外の組織や個人が、研究を支援することもできる。異分野の研究者や専門家が、研究の新たな価値を見出すこともある。副業で得たお金を、研究に回すこともできる。

    本特集では、競争的資金によらない方法で、研究における経済的な壁を乗り越える3人を紹介する。彼らの研究への姿勢、行動、言葉には、あらゆる研究を前進させる力がある。とくに前例がない、分野融合領域で理解者を得にくい、しかし世界一おもしろいと自分だけは信じているようなチャレ ンジングな研究に挑んでいる研究者にとって、研究を前進させるヒントになるはずだ。

     

    研究が進化する研究費獲得術、

    それがクラウドファンディング

    柴藤 亮介 さん

    アカデミスト株式会社 代表取締役 CEO

     

    研究者は自分の人生をかけて明らかにしたい問の解 明に励む。しかし、その想いをどれだけの人に伝えた ことがあるだろうか。科研費や学振の申請書にそれを 込めても、採択という形で認められるのはほんの一握 りだ。それでも、取り組みたいその問に本気で挑戦す る方法の一つにクラウドファンディングがある。

    研究の魅力を語ると世界が動いた

    学術系クラウドファンディングサイト「academist」の創業者、柴藤さん自身も大学院で理論物理の研究を行っていた。「研究者が『魅了された研究の面白さ』を伝える場があれば、世の中もっと面白くなるのではないか」という想いからacademistをリリースした。立ち上げから7年、掲載されたプ ロジェクトは180件以上、支援者の数はのべ1万5000人を超える。目標額の達成率は約85%、これまでに累計1億5000万円以上の支援が実現し た。分野も生物学、物理学、数学、哲学、考古学など幅広い。「あらゆる分野の研究者が研究をイキイキと語れる世界」を目指したacademistは、結果として、研究を金銭的にも後押しできる、力を持ったツールになった。

    ↑ 現在 academist で支援募集中のプロジェクト。どんな研究な のか、なぜ支援を必要としているのかなど、動画とともに説 明されているものもある。

    不採択にめげない研究者の選択と収穫

    柴藤さんの印象に残っているプロジェクトの一つが榎戸輝揚さんと湯浅孝行さんによる「カミナリ雲から発生するガンマ線の謎を究明する研究」だ。宇宙物理学者の二人は宇宙から降り注ぐ目に見えない高エネルギーの粒子、宇宙線の研究をしている。宇宙線の一種であるガンマ線は遥か彼方、ブラックホールや超新星残骸などの高エネルギー天体で粒子が高いエネルギーを得て加速し、発生する。面白いのは、この粒子の加速現象が、なんと地球上のカミナリ雲でも発生していることだ。身近にあるカミナリ雲だが、実は謎が多い。 カミナリ雲の中で高エネルギーが生まれる仕組みもカミナリ発生のメカニズムも未解明だ。この研究では、ガンマ線に着目してこれらの問に取り組もうとしていたが、当初、申請した科研費は不採択。榎戸さんらはクラウドファンディングで集めた研究費を元手に研究を進め、後に科研費を獲得し、ついには研究成果がNature 誌に掲載された。

     

    専門家と世間の評定差は知識差ではない

    学術的にも認められた「カミナリ雲」に関する 研究が当初、公的資金に採択されなかったにもかかわらず、クラウドファンディングで目標額を達成することができたのはなぜだろう。「科研費や学振などで採択される申請内容と、世間一般からの支援を得られる内容は、全く違います」と柴藤さん。公的資金の審査員は、実現性が不透明な融合分野や新領域などのチャレンジングな研究テー マの場合、採択の意思決定をしにくい。一方、クラウドファンディングではファン(支援者)がそ れぞれの研究者を信頼し、期待できると思えば、 実現性が不確かな研究にも支援が集まる。結果を求める「研究」への支援ではなく、「研究者」を応 援する仕組みなのだ。ここから、公的資金の申請書では研究計画や実績を客観的に伝え、クラウドファンディングでは研究の面白さを主観的に伝えることが効果的だという。専門外の人から協力を得るには研究者がどれほどその研究に面白みを感じ、実現したいのかを伝え、共感につなげることだ。わかりやすさよりも面白さのほうが伝わりやすく、それをイキイキと伝える研究者は不器用でもファンには魅力的に映る。

     

    世間を研究に巻き込む意義とは

    クラウドファンディングのチャレンジャー(研究者)たちの最初の支援者は家族や知人など直接のつながりだ。日頃の信頼がなければ支援は集まらない。目標額の3分の1程度が集まると、直接つながりのある人からその周りの人へとファン層を拡大していく。目標を達成してきたチャレンジャーは、Twitter でリツイートした人やファン にお礼や研究報告をこまめに行っている。ファンたちもリターンとしてチャレンジャーの開催するセミナーに参加したり、学会発表のポスターに名前を掲載したり、新種発見の命名権を得たりと、研究への参加を楽しんでいる。実は、クラウド ファンディングが生み出すこのような出会いやコミュニティの形成が研究者のモチベーション向上や共同研究など、研究のさらなる進化につながっている。「学振や公的研究費を取れなくても、諦めずに色んな方法にチャレンジすることで結果的に面白い経験ができ、日本からイノベーティブな 研究が生まれるかもしれません」。

    (文・伊達山 泉)

    柴藤 亮介(しばとう りょうすけ)プロフィール

    アカデミスト株式会社 代表取締役 CEO 。首都大学東京理工学研究科物理学専攻 博士後期課程 単位取得退学。2014年、日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」を設立。研究の魅力を研究者が自ら発信するためのプラットフォー ム構築を進めている。大学院での専門は原子核理論、量子多体問題などの理論物理学。

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    時代の先を行き過ぎた研究を続ける方法

    五十嵐 圭介 さん

    特定非営利活動法人日本細胞農業協会 代表理事

     

    確立されていない研究分野や未知の技術領域を始める時に公的研究資金は投入されにくい。2019年にNPO法人細胞農業協会を立上げた五十嵐さんは、活動資金を獲得する手段を柔軟に変化させながら、理想とする循環型農業の確立に取り組んでいる。

    謎のアングラ研究はじまる

    細胞農業とは、生物を構成する細胞を人工的に培養し、省資源・低コストで培養肉などを生産する工業的な農業活動をいう。従来、動植物の個体を育て、それを収穫して食料にしてきた我々にとって、馴染みのない言葉かもしれない。しかし、大規模化や生産地と消費地の長距離化により資源の不均一が起きつつある現在の一次産業の課題を解決し、よりコンパクトかつ持続可能な食料生産を実現する方法として、いま世界中で注目を集めている。日本でもJAXA Tansa-X、JST未来社会創造事業、NEDOなどの大型研究費や民間企業の参入が始まり、最もホットな分野の一つであると言えるだろう。まだ技術的な開発要素は多分に残されているものの、ここまでたどり着いた背景には、個人的に活動資金を集め、アンダーグラウンドでも研究をやり続けるという熱意があった。

     

    趣味がきっかけで人生が変わる

    もともと食べることが大好きで、お米がたくさんあれば食料問題も解決できるのではないかと考えていた五十嵐さん。大学院時代はイネの大量生産を目指したハイブリッドライスの作出研究に取り組んでいた。しかし、当時、研究室の先生が企画した海外の野生イネを視察するツアーに参加し、ラオスの農業現場を目の当たりにしたことで大きく考え方が変わったという。ラオスの伝統的な農業では、エネルギーや資源がコンパクトに循環し、地元の人たちが楽しそうに農作業を行っていたのだ。そこから、近代農業のような、土地や環境に負荷をかける大規模生産・長距離輸送のしくみに疑問を持ち始めた。悶々と悩んでいた時、趣味の延長で手がけていたサイエンス CG の勉強会に足を運び、初めて「培養肉」の存在を知ることになる。その場に参加していた、培養肉の実用化に取り組む同人団体「Shojinmeat Project」の代表から、その魅力について聞かされたのだ。「初めは自分も警戒しましたが、話を聞くうちに、培養肉にどんどん魅かれました。都市の中で資源を循環させて食肉を生産できるし、消費と生産の位置が近ければ輸送コストもかからない。自分の理想とする循環型農業を実現できるかもしれないと思いました」。

     

    スキルで稼ぎ、研究につぎ込む

    早速、Shojinmeat Projectに参画した五十嵐 さん。当時の日本ではほとんど公的研究費がつかず、世間の理解度も低かった培養肉をどうにか広めたいと、クラウドファンディングや培ったサイエンス CG のスキルを活かして稼いだ売上を使 いながら地道に研究活動を進めた。大学院修了後は、どこにも確立されていない研究を続けるにはアカデミアを飛び出すしかないと考え、企業で働きながら Shojinmeat Project の活動を継続した。「そのうちShojinmeat Project はサークルの印象が拭えなくて、情報発信しても一般の理解を得難いと感じるようになりました。信頼性を高めるにはどういう組織を立上げるべきかを考え、公益性のあるNPO法人を設立することに決めました」。 そして1年後、満を持して特定非営利活動法人日本細胞農業協会を立ち上げたのだ。

     

    研究を続けるために法人格をもつ

    日本細胞農業協会では、細胞農業が人々の理解と信頼のもと社会に普及することを目指し、学術研究の支援や教育・啓発活動などを手がける。「社会実装するには、技術の確立はさることながら、 ルールや政策の提言、体制制度の整備、市民への理解促進など、技術と社会をブリッジして実行していく必要があります」。五十嵐さんは、協会の代表理事として、講演謝金や会員の会費、寄付によって運営費を賄いながら、今もなお「細胞農業 の社会実装」という壮大な研究に邁進している。 法人組織を構えたことで、近年では公募型基金にも採択されるようになり、海外の NPO 法人からも声がかかるようになった。「ようやく、日本の培養肉といえば日本細胞農業協会と言われるまでになりました。正直、博士課程の時は研究室の中にずっと篭っていたいという心持ちでいましたが、イネの研究とは関係のないサイエンスCG を 趣味にしていたおかげで、今の研究を続けられています。研究室の外に出てみると、思わぬところで人生を変える出会いが生まれるものですね」。

    細胞農業が世界に浸透するまでには10〜20年はかかるだろう。しかし、食料生産の概念を塗り替えるために、自らの場所を自らの手で作り上げてきた五十嵐さん。アンダーグラウンドで始まった研究も、前進することを考え続ければ自ずと道はひらかれるのだ。

    (文・松原 尚子)

    五十嵐 圭介(いがらし けいすけ)プロフィール

    特定非営利活動法人日本細胞農業協会 代表理事。2015年よりShojinmeat Project参入。東北大学大学院 農学研究科 応用生命科学専攻 博士課程修了後、株式会社リバネスを経て、2019年に日本細胞農業協会を設立。食料生産の資源循環の効率化・コンパクト化を目指す。

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