新たな研究を生むことで、自分と学生の研究キャリアを広げる
渡辺 智 氏 東京農業大学 生命科学部 バイオサイエンス学科 准教授
「そのイベント、面白いね!」そう言って、研究室の学生と共にキャリアディスカバリーフォーラムに参加した渡辺氏。理想の研究者像は「研究を推進するリーダーであり、現場で実験し続けるプレーヤーであり、学生のチャンスを作るために動き続ける人」。研究に熱を持って打ち込み、新しいテーマに挑戦し続ける若手研究者として、本イベントに参加した考えを伺った。
●私が研究室の外に出ていくワケ
渡辺氏はストレス応答やDNA複製などシアノバクテリアの増殖に深く関わる機構の研究に取り組んでいる。ある種のシアノバクテリアは人工的に遺伝子組換えが可能だが、大腸菌と比べて長い時間が必要であった。近年は遺伝子組換え技術の開発に取り組み、大腸菌と比べて弱点であった、組換えに掛かる時間を大幅に短縮する技術の開発に成功した。渡辺氏は自身の技術を持って様々な研究者と
コラボレーションし、様々な色に発色するシアノバクテリアの産生や、希少な植物ホルモンの大量生産など、シアノバクテリアを使った「ものづくり」に次々と挑戦している。1つ 1つの研究は基礎的だが、他の研究者とコラボレーションすることで社会に役立つ面白い研究は生まれる。誰を巻き込んでイノベーションを起こすかを常に考え、新しい人とのつながりを作ることが自分の成長につながると渡辺氏は考えている。キャリアディスカバリーフォーラムに参加したのもそのような視点からだ。
●自分の研究と向き合う「研究 1分プレゼン」
「今回のプログラムで良かったのは各企業ブースで、参加者が研究をメインに自己紹介プレゼンをするという仕掛けです」。キャリアディスカバリーフォーラムの説明を聞いたとき、研究室の学生も連れて参加したいと渡辺氏は考えた。その理由の1つは「学生の研究職へのイメージ不足」だ。「実
際には手を動かす以上に研究費を集め、研究をドライブしていくことが仕事です。しかし学生は、今やっているような実験中心の生活を、お金をもらってやれる、程度のイメージしか持っていないんですよね」。そのような課題感はあっても、学生が研究職につく人から話を聞く機会は驚くほど少ない。自分の研究経験は社会の中ではどのように受け取られるのか、研究者として働く人たちはどんなことを考えているのかを直に感じる機会として、本プログラムに参加してほしいと渡辺氏は考えた。「ブースでは、自分の研究の話をしたがあまり興味を持ってもらえず、という場面もあったようですが、それもよい経験だと思います」。
●産業界の中に新たな研究キャリアを開拓する
学生を連れて行った理由はそれだけではない。「学生が卒業後も研究を続けられる機会を少しでも作りたい」という想いがあった。大学でやっている研究を、社会に出てからもできる人は本当にわずかだが、だからといって「今の研究が続けられることはない」という考えでいいのだろうか?と渡辺氏は疑問を投げかける。大学の研究者側からも『こんな研究を貴社で活かせないか?』『この研究と貴社の事業はコラボできないか?』と売り込むことは、大学での研究テーマを企業でも続けるチャンスを作ることになる。「外部とのコミュニケーションを積極的にすることで、学生たちが今の研究を少しでも続けられる機会を作りたい。それが教員としての自分の役割だと思うのです」。
研究室の外に積極的に出ていくのは、外の人を仲間に巻き込んで新しい研究者としての生き方を開拓するチャンスである。渡辺氏のような考えをアカデミア、産業界に広げていくことが、キャリアディスカバリーフォーラムの使命でもある。(文・楠 晴奈)
プロフィール
2007 年東京農業大学大学院 農学研究科 バイオサイエンス専攻 博士後期課程修了。博士(バイオサイエンス)。2008年東京大学 分子細胞生物学研究所 博士研究員、2009 年東京農業大学 応用生物科学部 バイオサイエンス学科 助教、2013 年フライブルク大学(ドイツ)客員研究員を経て 2016 年 4 月より現職。シアノバクテリアや単細胞性真核紅藻など、光合成を行う微生物の増殖機構や遺伝子工学について研究を行っている。