日本製鉄株式会社技術開発本部人事室長 日高 正貴 氏(左)
日本製鉄株式会社 主幹研究員 末岡 一男 氏(右)
ポスドクというと大学や公的研究機関で採用する形が一般的に思われるが、日本製鉄株式会社(旧新日鐵住金株式会社)では、2006 年か ら特別研究員制度(ポスドク)を設け、博士人材に対して新卒採用とは異なる形で門戸を開いている。企業における 博士人材採用にはどのような狙いがあるのだろうか。また博士にとってはどのような魅力があるのだろうか。同社技術開発本部人事室長の日高正貴氏と特別研究員制度を経て入社した主幹研究員の末岡一男氏にお話をうかがった。
新卒採用とは異なる 博士人材活用の制度
日本製鉄株式会社では制度導入前から毎年数名 の博士を新卒採用していた(現在も継続)。 しかし、博士人材で専門性が配属予定職 場にマッチし「即戦力」となりうる人材については、その他の学士修士卒採用と同じ育成プログラムを適用することは必ずしもそぐわないケースもあった。また、鉄鋼業は材料開発からプロセス開発まで、分野も材料工学にとらわれず機械・電気か ら物理・化学・数学と多岐に亘る研究人材を必要としているが、博士人材は自らの 専門分野が鉄鋼業とは縁が薄いと思いが ちであることも課題に感じていた。新卒採用とは異なる博士人材活用の制度はこのような背景から生まれた。高い専門性を有し、アカデミアへの進路を念頭にお く博士人材にも門戸を開いて年棒制で迎 え入れる新たな枠組みを設け、優秀な研 究 員との出会いを実現したのが日本製鉄株式会社の特別研究員制度だ。プロの研究者としてのアウトプットに期待して、研究テー マとチャレンジの期間を明確にし、 自ら の裁量で研究に専念できる環境を与えて いる。その後、契約期間を満了した特別 研究員の多くが正社員採用への選択肢を 獲得しており、アカデミアにおけるテニュアトラックを産業界で具体化した制度とい え、博士がキャリアパスの 1 つとして企業 で研究を追究し、企業から巣立つことも 可能なユニークな取り組みである。また、 製鉄所など企業ならではの「現場」も研 究者のフィールドに含まれる点が、いわゆ るアカデミアとの大きな違いであろう。
研究を追究する人材との出会い
特別研究員制度が始まって3年目に特別 研究員として迎えられた末岡氏は、博士課程修了後の進路 について、 当初は「 大学に残って研究をつづけていくつもりで JREC-IN( 科学技術振興機構のキャリア支援ポータルサイト)に登録するなど活動していた 」という。 しかし 、 基礎科学的な研究やひとつの分野の専門だけでは 課題解決に対してのブレイクスルーを得られにくいとも考えていた。微生物による水処理研究で環境課題の解決を目指す上 で、新しい視点を求め、企業での研究も 選択肢として検討していた。通常、企業に就職となると、共同研究でもなければ 自身の研究テーマを継続するのは難しい 現状がある。そのような中で、いわゆる新卒定期一括採用とは異なる方法で、特定の研究テーマに取り組む人材を受け入れることは、アカデミア志向を含めた幅広い博士人材と企業の出会いのチャンス を増やすことにつながるだろう。
制度設計にみる 博士人材への期待
研究のプロとして高い研究成果を求めるには、受け入れ側も相応の体制が必要だ。 この制 度の導入 にあたっては「処遇体系として、通常の新卒採用者の場合には学部卒を基準として 修士であればプ ラス2 年、博士はさらにプラス3年という設計をしているのに対し特別研究員制度では最初からプロの 研究者としての成果を期待するという点を含めて年俸制を採用しています。年収水準としても若手管理職や大学でいえば准教授クラスを意 識 した設 計をしています。」と日高氏は言う。多岐に亘る研 究資源を自らの裁量で使用することができることも、魅力のひとつだ。3 年という決められた期限の中で、高いア ウトプットへの期待の高さとプロの研究者としての真価を問うための企業の覚悟と もいえる。 もちろん 、知財管理など社内外で開催されている正社員向けの研修・ 教育メニューを特別研究員は受けることができる。そのような環境の中で、末岡氏はプロの研究者としての本領を発揮し、 試行錯誤しながらも研究を満喫し、独自の研究テーマを推進した。そして、3 年の期限の後、期待に応える成果を出すととも に 、 自らの意思で正社員としての進路を選択した。
特別研究員は アカデミア志向でもいい
自身の追究したい研究テーマを携えた研究のプロとして 博 士を受 け入れる背景には、アカデミアでの研究のように、直ぐには活用できないかも知れないがユニー クで尖った研究テーマ、それを試行錯誤 しながらも推進できる人材を引き入れたいという想いがある。だから「特別研究員はアカデミア志向であっても良いのだ。結果、末岡氏のような元々はアカデ ミア志向で自分の専門領域を極めようとする優秀な人材の獲得につながっている。 さらに、尖った特別研究員の存在により、 他の研究者が刺激を受けて社会人博士課程に入学したり、 論文投稿で自らの専門力に磨きをかけようといった研究部門全体への良い影響が出ているという。 他方で「特別研究員契約満了後の進路がアカデミアであっても良い」と日高氏はいう。 世界で活躍し成功する研究者へのステップのひとつに同社の特別研究員制 度があることをイメージしているのだ。そのようなブランドとして認知されていくことで、より優秀な研究者との出会いのチャ ンスを広げていくことができるだろう。
新卒採用と異なる 博士人材との出会いの先に
現状では、特別研究員の後に入社するケースが8割、2割はアカデミアに進むという。同社の特別研究員の後、 ア カ デ ミ ア に 進路をとった人材では准教授など大学のテニュアポストで活躍している者も多い。優秀な研究人材を正社員 として獲得することだけを目的としない特別研究員制度のメリットは他にも考えられる。特別研究員を経て羽ばたき、世界で活躍する博士が増えると いうことは、狭い研究領域に限られない ユニークな研究者プラットフォームの存在を世界に発信することに なるだろう。 同社のような企業が博士人材を受入れる仕組みが、 博士のキャリアパ ス の1 つとして位置付けられることで、優秀な人材との出会いを拡大し、人材獲得の可能 性だけでなく社外で活躍する研究者との ネ ットワークを広げ続けることができる 。 企業が博士との付き合い方の新しい形を実践している好例ではないだろうか。博士人材と企業双方にとって将来の選択肢 を広げようという取り組みが、優秀な人材との出会いをつくり、結果として博士人材 の社会進出の加速に繋がっている。
(文・岡崎 敬)
日本製鉄株式会社特別研究員制度 |
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対象者 |
博士課程 ( 工学系、理学系等 ) を修了している者、若しくは当年度末に修了が見込まれる者で、当社が研究している、 若しくは研究を計画している特定のテーマについて、博士課程で研究活動実績があり、高い専門性が認められる者。 |
採用後の 業務内容 |
採用後は採用直後から博士課程での研究実績を活かし、研究者として、当社で研究している、もしくは研究を計画し ている特定のテーマを担当する。 |
採用時期 |
通年 |
処遇 |
・嘱託社員 (3 年の有期雇用契約、1 年毎に更新 ) |